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第六十七話 充希の出産───ふたつの鼓動が気づくまで 2

Author: 柳アトム
last update Last Updated: 2025-10-05 03:18:26

「お、おお? おおおおお……」

 宗司そうじさんが双子の赤ちゃんを抱いて、感動に言葉を失っている。

 無事、出産を終え、ぐったりとしていた私は横目でその光景を眺めた。

 宗司さんはとても嬉しそう。よかった。でも宗司さんは赤ちゃんの抱き方に慣れていないみたいでぎこちない様子。とても危なっかしい。宗司さん、どうか赤ちゃんを落とさないでね。

充希みつき、ありがとう。本当にお疲れ様。俺たちの子どもは女の子と男の子の双子だ。二卵性の双生児だったんだ」

 宗司さんはそのことを何度も口にした。

 それだけ喜びが溢れてしまっているんだと思った。

「まさか俺が離婚届を突きつけた日が、充希がこの子たちの妊娠に気づいた日だったとは知らなかった。なんて日に俺は離婚届を突きつけていたんだ。本当にすまなかった。

 でもこの二人の鼓動に気づかされた。俺は充希が好きだ。子どもの頃、初めてあったその時に───あれは大物政治家の政治資金パーティーだったが───その会場で、とても凛とした姿で、堂々と大人たちに挨拶をして回る充希の姿に俺は目を奪われていた。なんて大人びた女の子なんだ、と。充希と俺が同い年だと知って本当に驚かされたよ」

「私も、その時のことは本当によく覚えている。あれは父に言われ、そうするよう繰り返すだけの、ただの「行為」でしかなかったけど、周囲の大人たちが私を褒めてくれるので、嬉しくてそうしていたの。でもそれはただのロボットで、自分じゃない。そう気づかせてくれたのは宗司さんだったのよ。あの瞬間に私は籠の扉を開けられ、外に飛び立った小鳥のように解放されたの」

 宗司さんは双子の赤ちゃんを私にも抱かせてくれる。

 そして双子を抱く私を、宗司さんは赤ちゃんも含めて抱き締めてくれた。

 ───赤ちゃんの鼓動。

 ───そして宗司さんの鼓動も私に伝わる。

 ───それはもちろん私の鼓動も赤ちゃんに、そして宗司さんに伝わることを意味している。

 赤ちゃんたちの二つの鼓動。

 さらに私と宗司さんの二つの鼓動。

 ········に私は気づかされる。

 ───とても幸せだ。

 言葉にすると、とてもシンプルだけど、今までわかったつもりでいた「幸せ」という言葉とは、今はまったく意味が違ったものになったことに私は気づかされた。

「これから幸せな家庭を築こう、充希。俺たち二人で、そして子ど
柳アトム

【あとがき】  皆さま、お世話になっております。柳アトムです。  この度は、私の書いた小説「『ふたつの鼓動が気づくまで』~双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました~」を読んでいただきまして本当にありがとうございました。  本作は、私がGoodNovel様で初めて書いた、完全オリジナルの新作です。  不慣れな点もあり、ご迷惑をおかけすることもありましたが、それでも私の小説を読んでいただきまして本当にありがとうございました。読者の皆さまに心よりお礼申し上げます。  本作は、GoodNovel様からお声がけをいただき、書き始めた作品でした。  私はこれまでプロの編集部の方から、このように声をかけられ、作品を書くという事をしたことがなかったので、自分がプロの編集部の皆さまに満足いただける作品が書けるか本当に心配でした。  しかし、編集部のご担当者様がとても親身に、そして懇切丁寧に導いてくださり、なんとか作品を書くことができました。  今では読者の皆さまに、胸を張ってお勧めできる自信作であると思っております。  この思いが間違いではなく、読者の皆さまが少しでも「面白い」「良かった」と思っていただけたならまさに幸甚───私にとってこの上なく幸せなことです。  本作は本当に多くの方のご厚情に支えられています。  まず、とても素敵な表紙イラスト───充希が可愛い! 宗司がカッコいい! いつまでも眺めていられる素敵なイラスト!───をご用意くださったデザイナーのご担当者様。  私の小説をGoodNovel様の公式サイトや、SNSで宣伝くださった運営のご担当者様。  そしてそしてWeb小説界隈の広大な海の中から、私という小説書きを見つけ、声をかけ、導き、小説を書かせてくださった編集部の皆様、そして編集部ご担当者様。  その他にもご尽力くださった皆々様。  本当に本当にありがとうございました。  そして何より読者の皆さま。本当にありがとうございました。  さらにレビューやコメント、支援をくださった皆さま。  本当に本当にありがとうございました。  尚、本作はまだ第一部が結ばれただけで、完結はしておりません。  引き続き執筆を続け、第二部にお話を移します。  第二部では、充希が最愛の子どもたちを、なんと宗司の父・杵島 巧三に奪われます。  充希は宗司、幸恵、そして彩寧と協力して子どもたちを奪い返そうとしますが───。  どうして子どもたちが奪われたのか?  そして充希は無事、子どもたちを取り戻せるのか?  そしてどうして彩寧が協力を……?  などなど、どうかお楽しみにしていただけますと幸いです。  第二部でも引き続き、読者の皆さま、そして関係各位の皆さまのご期待にそえるよう頑張ります。  これからも何卒、宜しくお願い致します。

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  • 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました   第六十三話 キャンプ

    「充希、寒くない? ブランケットをもう一枚使う?」 晩秋の候、私と幸恵はキャンプ場に来ていた。  幸恵は近頃、アウトドアに傾倒し、しばしば日帰りキャンプに出かけていた。  いつの間にかキャンプグッズもたくさん買い揃えられ、とても充実したアウトドアを楽しむことができるようになっていた。  私は、おしゃれで便利なキャンプ道具を手に取り、幸恵が傾倒して、こうしたキャンプ用品を買い集める気持ちに共感していた。「ありがとう、幸恵。大丈夫だよ。このキャンプ用のブランケットがとても温かいから。このブランケットはすごいわね。軽くて薄いのに、風も通さず、肌触りも柔らかで、キャンプだけじゃなく、オフィスでも使いたいと思えるくらいだわ」 私がそう絶賛すると、幸恵は自分のことを褒められているように喜んだ。「そうなの、そのブランケットは断熱アルミシートが入っているから保温性が高いの。それに水も弾くから急な雨に降られても、そのブランケットを被れば雨を凌げるんだから」 嬉しそうに説明をしつつ、幸恵は慣れた手つきで焚火の支度を進める。「さあ、それじゃあ、充希。「例の物」をお願いね」 すっかり焚火の準備を整えた幸恵は、後はいよいよ点火をするだけとなった。  その段になって、幸恵は私に「例の物」を用意するよう促す。 それは、私がサインをした離婚届だった。 私は封筒から離婚届を取り出すと、改めて自分のサインを見返した。  当初は、もう二度と見たくないと思ったサインだったが、今は私にとって、このサインは重要な意味を持つようになっていた。「このサインは私の弱さの象徴だわ。このサインを見ていると、過去の自分を見ているように思える。それは誇れる自分じゃないけど、そうした自分があったからこそ───そうした自分が嫌だからこそ、自分を成長させようという気持ちが湧いてくるわ」「それはちょっとわかるわ。誰だって恥ずかしい思いや悔しい思い、他にも失敗とか苦い経験を持っている。問題は、そうした後悔に押しつぶされない事ね。逃げずに向き合い、乗り越えることができれば、また一つ、自分を成長させることができるもんね」 私と幸恵は、少しの間だけ二人で余韻に浸るように私がサインした離婚届を眺めた。「さあ、それじゃあ、そんな昔の弱い充希とはお別れをしましょう」

  • 『ふたつの鼓動が気づくまで』 双子の妊娠がわかった日に離婚届を突きつけられました   第六十二話 充希への恨み(side:彩寧)

     幸恵部長に突き飛ばされた私は、その場に倒れ込む。 ───相変わらずの馬鹿力で本当に忌々しい。加減というものを知らないのかしら、この女は。 私は憎らしく幸恵部長を睨みつける。 充希は離婚届にサインをしたのよ。自らの意志で宗司先輩の妻の座を放棄したのよ。それなのに何故───何故、みんな充希を庇い、充希を助けるの? ───幸恵部長もそう。  ───宗司先輩の秘書もそう。  ───受付の女もそう。 皆、どうして充希の味方をするの?  正論を述べ、正しいことをしているのは私よ。私こそが正義なのよ。  それなのに何故───。 充希と幸恵部長は去り、警備員も持ち場に戻った。  私は一人、社長室に取り残される。 ───誰も私を気にかけてくれない。  ───誰も私に手を差し伸べてくれない。 突き飛ばされ、倒れた私に見向きもしないで、皆、私の前からいなくなる。 ───どうして……。 でも自己憐憫に浸ってなんかいられない。沈んだ気持ちでいたって何も解決しない。  これまでもそうだった。  私は誰からも愛されず、誰の助けも得られなかった。  だから自分で解決するしかない。自分一人の力で生きていくしかない。  そして周囲を───私を無視し、私の前を素通りしていった者達を見返してやるんだ。 目に涙を浮かべていた私は、あやうく零れそうになった涙を拭い、立ち上がる。 泣いたりなんかしない。私が泣いたって、誰も助けたりしてくれない。誰も優しい言葉をかけてくれたりなんかしない。誰も私の涙を拭ってなんてくれない。私は自分で自分を愛し、自分一人で生きていくしかないのだから。 自らを取り戻した私は社長室を出る。 するとすぐに声をかけられた。「どうした? 何かあったのか?」 私は少し驚きつつ、声の相手を振り返る。「あ、あなたは───」 私は声の主が誰であるかがわかり、さらに驚いた。「あなたは、杵島 巧三会長───!」 それは宗司先輩のお父様で、杵島グループの杵島 巧三会長だった。  因みに今は、入院中の宗司先輩の代わりに杵島グループの社長として会社の運営を担っている。  とはいっても、宗司先輩が入院する前───宗司先輩が社長

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